2022年03月14日

或る一日


或る一日




Balloon Blouson

SISE HW-BL-04




その日は東京からお客様が来ていた。

PARCO裏の古い雑居ビルの2階に出した店に

訪れる人は稀で、

お客様がいらっしゃるのは特別なことだった。

わたしは奇特なお客様たちとランチをとったり、

市内を案内したりして、

長い時間をかけておもてなしする日々を過ごしていた。

その瞬間はかなり大きな揺れに感じた。

物が倒れたりは無かったが、

ファッションビル勤務の経験が長かったわたしは、

とっさにお客様を外へ誘導した。

ビルの耐震が不安だったからだ。

外に出たところ、

周囲は静かで、

他の建物から出てくる人はほとんどいなかった。

今思えばみなテレビにくぎ付けだったわけだが、

揺れが大きかったことで、

震源地が近いと思い込んでしまっていた。

たまたま目の前が平静だったために、

大丈夫そうだなと判断してしまったのだ。

わたしたちはお店に戻り、

ファッションの話を続けた。

お店にはテレビがないし、

目の前にお客様がいるれば、

インターネットをいじったりしない。

お客様もまた携帯を鞄に入れっぱなしだった。

夕方お客様がお帰りになる際に、

駅まで送りますと一緒に店を出て、

初めて大変なことが起きていることを知った。

電車はすべて止まっていて、

お客様が帰宅する術はなかった。

お店の責任だと感じたため、

急いで宿を探したがすべて満室だった。

ようやく見つかったのは清水のホテル。

お客様が自分で行くとおっしゃってくれたのはありがたかった。

好美は丸の内でOLをしていた。

まだ二人食べていくことはできなかったからだ。

電話がいつつながったのか記憶していない。

今夜は皆と会社に泊まり、

毛布も支給されたという。

有名商社の大きなビルで、

緊急時の対応は安心できるものだった。

好美の無事を確認した後は、

やはり仕事のことが気になった。

この震災がきっかけで、

日本は国力が大きく落ちるのではと

按ぜずにはおれなかった。

わたしはたまたま前日に

移転を決意し新しいビルと契約した直後だったから

暗澹たる気持ちになったのを覚えている。

あの日一緒だったお客様は、

今でも通ってきてくれる。

お店はうまくいっているとは言えないが、

あの時よりはマシになった。

だからこそ昔のお店とわたしの姿を

知ってくれているお客様といると安心する。

この旅がどこへ向かうのかは

わたし自身にもわからないが、

わたしがどこから来たのかは

お客様たちが教えてくれる。

なにもかも地続きだ。

或る一日
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或る一日
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Posted by ナーレンシフ at 18:47│Comments(0)SISE
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