陽が陰っている。

そろそろ出かける時間だとぼくの中の誰かが言って、

好美にそう伝える。

この時間の彼女は店頭のガラスを拭いているか、

レジの横のパソコンに向かって（例の黒くて窮屈ぼったい平たい箱！）

メールか通販サイトの結果に独り言ちている。

昨日の夜はあまり上手に眠れなかった。

ウニカ・チェルンの手記を読もうとして閉じて、

ＮＨＫのドラマを二人で観た後の話。

夜にあった雨の音は朝には見当たらず、

撮影から逃げられない灰色の空。

ぼくたちのカメラ技力では

こうした空の下でなければ何一つ写すことができない。

撮影場所を選ぶのはぼくの仕事。

けれど大抵はいつも通り、

なに一つ驚きの無い景色の中に

小さな二つのからだを放りだすことになる。

撮影は常に難儀だ。

おぞましい自分たちの顔。

醜い身体。

ぼくは首ばかり前に出ている。

首の位置を直そうと肩をすくめた際に、

偶然シャッターが下りた姿は

コンスタンチン・ブランクーシの石像。

ぼくたちは染入る水のように無言で、

けれど時にはうって変わって

街角の鴉のように罵り合いながら、

たがいの姿をフェンダー越しに覗きあう。

昼食の前にすべてを終わらせることができた日は

心の輪郭を少しだけ取り戻せる。

だが大抵は午後のあの長くて短い不安な時の中に

持ち越すことになるのだ。

今日は割合上手くいった。

ぼくたちのお店に戻った途端Mちゃんが訪れ、

いつか行きたいと願っていたパン屋包み紙から、

ミルクフランスを二本取り出し、

さしいれてくれた。

Mちゃんはついさっきバリウムを飲んだばかり。

ぼくたちは彼女に健康でいることのむずかしさを話す。

今日彼女は早々と帰らなくてはいけない。

三人の心がどこにあってもそれは変わることがない。

店頭のスポット照明を点す。

今朝のぼくがつけるのを忘れていたものだ。

11月の店内が山吹色にあたたかくなる。

さっき撮影場所で老人が落葉を掃き集めていたことが

突然思い出される。

ビニール袋いっぱいの木の葉というものの

重さや音や匂いについて、

知りたいと思ったことなどこれまで無かった。

Mちゃんを見送る。

あまりに多くの事があっという間に過ぎ去ってしまう。

それは結局毎日のあの午後ということ。

沈んだ平穏ということ。







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