Down Jacket



UNUSED　US1843



MRI検査をうけた。

物忘れやうっかりミスが多くて、

自分でも心配になったからだ。

55歳という年齢を考えれば、

若年性の痴呆症であったもおかしくない。



検査の前に記憶の試験があった。

小学生程度の引き算や、

正方形が描けるかといった質問に加え、

簡単な単語を複数覚えていられるか、

というのをやった。

帽子、電車、野球、猫、鍋、飛行機、、、、

そんな具合だ。



わたしは覚えていることができた。

「すごぉい♡ 順番まで完璧ですよ」

先生なのか看護師なのか、

試験官に褒められ、

わたしはなんとも言えない気持ちになった。

施設へ母さんを見舞った時と同じ気持ち。



「あんた、あたしは呆けたよ。

気が狂った。

まだかろうじてあんたの顔はわかるけどね。」

母は笑いながらそう言った。

ジョークのつもりだろう。

若い頃は冗談をいう人ではなかった。

入れ歯をはめていないので上手く笑えていない。



「母さん、

俺の顔がわかればいいじゃないか。

母さんにとって本当に大事な人はもう俺だけだ。

俺の顔がわかればそれでいいはずだ。

他は全部忘れたっていいさ。」

俺がそう言って母は頷いた。

頷いたんだろうと思う。

なんとなく首を動かしたのでそう信じただけだ。



「では、もう一問行きますよ♡」

母の事を考えているうちに次の設問がはじまる。

「緑色のものを思いつくだけ挙げて下さい。

緑ならなんでもいいですよ。」

若葉、セロリ、パセリ、かまきり、ユーカリ、山手線、、、、、

母には答えられないだろう。

だがわたしには簡単だった。

わたしもいつか母のようになる。

今日はまだその日でなかったから、

うまく答えることができただけだ。



「腫瘍や脳の萎縮も見られずいたって健康です。

ただ前頭葉の血流が悪いですね。

物忘れの原因はこれですね。

子供の頃からでは？」

先生にそう問われハイと答える。

ひどい物忘れは今のところ、

わたしというキャラクターの一部だということだ。



緑色のものと問われて

未来のわたしはなにを思い出せるのだろう。

若葉だろうか、

蓬だろうか、

電車だろうか。

それとも古き良きアウトドアブランドのごとき

UNUSED（アンユーズド）のダウンだろうか。

冷たいものであってほしくない。

最後に思い出すものは

暖かいものであって欲しい。

心の底まであたたまるでものあって欲しい。

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